歯を抜くことになったら?
抜歯についての相談で来院されたノリコさん、34歳。
以前に通っていた歯医者さんで、右下奥歯は抜歯になると言われました。
抜歯は初めての経験で、本当に抜歯しなければならないのか聞きたくて当院に来院されました。
抜歯は必要なのか、抜歯したまま放置したらどうなるのか、など知りたいことは多くあるようです。
まずは歯科医師とのやりとりをみてみましょう。
検査前
右下奥歯の抜歯についての相談ですね。現在、痛みなど症状はありますか?
今は特にありませんが、2週間前まではズキズキ痛くて、噛むことができませんでした。
はい、痛み止めと抗生物質を処方してもらったのと、被せ物を除去してもらって落ち着きました。
はい、被せ物を取り外した後に歯が割れているから抜歯になると言われました。
なるほど、歯が割れているから抜歯と言われたんですね。
では、まずその歯がどういう状態か検査をさせてください。
検査後
ノリコさん、お疲れ様でした。検査の結果からやはり歯は割れていますね。
割れてしまった原因としては歯の歯髄をとってしまったからですね。
今日が初めてですので、歯の構造から歯がどうして割れてしまったのか説明していきますね。
まず歯の中の構造について説明していきます。
まず歯はエナメル質、象牙質、歯髄の3つの構造からできています。この歯髄というところに神経や歯に栄養を送る血管が入っています。
以前、ノリコさんの歯は虫歯菌が歯髄に及んでしまったので、歯髄を抜く処置を行ったと思います。今回は根管治療の内容については割愛しますが、根管治療を行った後に土台をいれ、被せ物まで行ったと思います。
どうでしょうか?
そうです、虫歯になって痛くなってしまって・・・でも何回か治療を行っていますが、今回みたいに痛みが出るまではまったく問題なく使えていました。
神経を抜いた歯は虫歯に感染していても、歯が部分的に割れたりしても気づかない事がほとんどです。
逆に神経がある歯に虫歯ができたり、割れたりすると、しみたり、噛むと痛かったり、症状がすすむと何もしなくてもズキズキ痛んだりします。
つまり、ここは病気ですよ!という信号を出してくれるんですね。
そうなんです。
さらに先ほども述べたように歯髄には神経の他に血管も入っており、歯に栄養がいかなくなってしまうので、歯が脆くなってしまうんですよ。なので歯が噛む力によって割れたりしてしまいます。割れてしまえば抜歯となります。
もう少し詳しくお話しすると、歯が割れる原因としては、何点かあります。
1. 神経をとって長期に経過している脆弱な歯、残存歯質が少ないなど歯の強度が低下している。
2. 歯ぎしり、くいしばり、ブリッジや入れ歯の支えとなっている、硬いものを噛むといった過度な力をかけるような行為が多い。
3. 応力を集中させるような歯の形態、硬すぎる金属の使用。
4. 奥歯のかみ合わせが強すぎる。
・・・などが主に挙げられますね。
確かに右下は何度も治療しています。また虫歯になっているとかで・・・。
前回の治療から1年ぐらいでこの状態になってしまいました。
ノリコさんの場合は何度も治療を行っているので、残存歯質が少ない歯になっているため、歯の強度が低下しており、噛む力に歯が耐え切れずに割れてしまったと考えられます。
歯根破折を起こした歯に細菌感染が起きる事が考えられますね。
細菌感染が起きると炎症が引き起こされ、歯を支えている骨の吸収が起きます。その状態を長期に放置すると大きく骨が吸収されていきます。大きな骨吸収は抜歯後の補綴処置に悪影響を与えます。
適切な処置ですね。
速やかに抜歯する事が骨の保存と抜歯後の補綴処置の成功につながります。
分かりました、現状の説明のほどありがとうございます。まだいくつか聞きたいのですが、抜歯したその後が気になるのですが、どうなりますか?
まず抜歯したら食べづらくなるので、食べやすい反対側でご飯食べるようになる方が多いですね。たぶんノリコさんも例外ではないと思います。
そうですね、今も反対側でご飯を食べていることが多いです。
そうなると左側に負担が増える形になります。ノリコさんの場合、左側の歯にも神経の治療を行った歯がありますから、その歯に負担をかける事は障害が起きやすい・・・つまり反対側の歯が割れるリスクが高まると考えていいと思います。
そうです、先に反対側の歯の話をしてしまいましたが、歯が抜けたままにしておく事はもっとリスクが高いですよ。
まず歯を抜いた場所はスペースになります。そうなるとスペースを補おうと、歯が寄ってきたり、噛む相手の歯が降りてくる。歯が寄る事でスペースができますので、さらに隣の歯が寄ってくる。そうなると歯並び全体がおかしくなっていきます。
おかしくなってくると、噛みづらくなることや隙間ができる事でのカリエスリスクの増加が挙げられます。
また歯を失うと咬合負担能力が減少します。今回抜歯対象の歯は右下第一大臼歯というのですが、そこを失うと23.3%減少すると言われています。
ですので、他の歯を守るためにもスペースを補う処置が必要だと考えて下さい。
スペースを補う処置とはどういったものがあるのですか?
ブリッジ、義歯、インプラントがあります。聞いたことはありますか?
すこし聞いたことはありますが、どういったものなのか詳しく聞きたいです。
ではまずブリッジについて説明しますね。
ブリッジは歯のない部分の両隣の歯を削り、連結した形の冠を被せる処置です。
はい、先にそこを話してしまうと、虫歯ではない歯を削る必要がある。両隣に負担がかかるため、将来的に歯根破折のリスクを追う形になるといった短所があります。長所としては治療期間が短く、固定式で違和感が少ないことが挙げられます。
今回、歯根破折が起きてしまった事が悔やまれるので、すこし怖いですね。
そうですね、両隣の歯への負担は考えなければならない処置なので、ブリッジを選択するのであれば、そこは一緒に考えていきましょう。
ブリッジをいったん取り除いての処置になります。
この場合、虫歯はかなり進んでいることが考えられるので、場合によっては神経を抜く処置となり、その上で再度被せるという形になります。
歯への負担はかなりのものとなるので、歯根破折のリスクはかなり上がりますね。
もし両隣の歯のどちらかが割れたらどうなりますか?やはり抜歯でしょうか?
抜歯ですね、ブリッジをいったん取り除いて、また手前の歯を削って負担をかける処置になります。つまり歯が割れてしまえば、どんどんブリッジが大きくなるんです。
そう考えると、歯がなくなるという事は怖いことなんですね。
そうですね、だからこそ将来ノリコさんがどうありたいかを一緒に考えていきましょう。
次に義歯について説明しますね。
義歯は歯のない場所に取り外しのできる装置をつけるという処置です。
いえ、入れ歯にはノリコさんの考えに合った長所があるんです。
まず歯を削る必要があまりありません。また歯ぐきにも負担をかける形になるので、両隣への負担は減りますので、歯根破折のリスクはブリッジに比べると低いと言えます。
もちろん短所はあります。ブリッジに比べると異物感があり、噛み応えは低くなります。他にも見た目の問題や取り外す事への煩わしさ、日々の手入れなどが挙げられます。
わざわざ着けたり外したり、洗ったりするのは、面倒ですね。
そうですね、若い方は保険ではブリッジを選択することが多いですね。
はい、インプラントは手術によって人工の歯根を顎の骨に埋め込み、その上に人工の歯を固定する処置です。
最大の長所は両隣の歯を削る必要がない、他の歯に負担をかけないことが挙げられますね。
なるほど、たしかにこれなら他の歯に負担をかけずにすみますね。
そうなんです。他にも審美性に優れている、固定式で違和感がないといった長所もあります。
最初にお伝えしましたが、手術の必要があります。
その後にインプラント体と骨がくっつくまで治療期間が長い(半年が目安)といった欠点があります。
他にもインプラントは歯周病になりやすく、汚れが付かないようにブラッシングはこまめにする必要があります。また定期的(3ヵ月に1度)のメインテナンスも必要です。
骨や全身疾患の状態によってはできない場合があるなどが挙げられます。
健康保険は適用ではないので、費用がかかるというのが短所ですね。
たしかに費用のお話を聞いてしまうと、少し躊躇してしまいますね。
そうですね、仕方ない事だと思います。
ただ一番大事なことは、自分の口腔内の状況をしっかりと理解し、選択する事が大事だと思います。削ってしまった歯は元には戻りませんから。
たしかにここまで話がなければ、自分の歯を削るという事に対して何も考えずに治療を受けていたと思います。
1つの歯を失った事で、反対側の歯にも影響が出ることなど、口の中全体の大切さについて語ってくれる先生はいませんでした。おかげで非常に関心が持てました。
ご自分の歯には価値があると考えていただきたいと思い、お話しました。
伝わっているのであれば良かったです。
歯が一本なくなると、他の歯にも影響がでてしまいます。
治療方針を一緒に決めて頑張っていきましょう。