妊娠時に知っておくこと、やっておくこと

マリさん、27歳。妊婦健診後の治療で来院。妊娠前は定期検診に通っており、虫歯はありませんでした。
しかし妊婦健診の結果から口の中がひどく汚れており、治療の必要性があると指摘されました。
そこで初めて妊娠中こそお口の中を綺麗にしなければならない。そして妊娠中においては治療の注意事項が多くある事を知るのでした。
どうしてこんな事になってしまったのか。まずは妊婦健診の場面からお話を聞いてみましょう

ドクター
マリさん、こんにちは

マリ
こんにちは

ドクター
今日は妊婦健診ですね?

マリ
はい

ドクター
今は何ヶ月目ですか?

マリ
来週でちょうど5か月目になるところです。その間に定期検診の葉書が届いたのですが、なかなか来られませんでした。

ドクター
なるほど、今は安定期ですね。前回の定期検診からだいぶ経ちましたが、お口の中はどうでしたか?

マリ
妊娠が分かってからはなかなか磨けなくなってしまって・・・口の中に食べ物を入れると気持ち悪くなってしまう事が多かったです。

ドクター
なるほど、妊娠初期にみられる特徴ですね。そういった時はどのようにして栄養をとりましたか?

マリ
少しでも食べようと、少ない食事量を回数で補っていました。また酸っぱい物なら比較的食べられたので、食べていました。

ドクター
悪阻(つわり)は落ち着きましたか?

マリ
今はだいぶ・・・でもほんの一カ月前まではひどかったです

ドクター
なるほど・・・、歯磨きはできましたか?

マリ
当時は悪阻のせいでとてもできませんでした。歯磨きは今もすこしサボりがちです。

ドクター
そうですか・・・前回の定期検診では虫歯は無かったので心配ですね。ちょっとチェックしましょう。

マリ
お願いします・・・でも今日、治療はちょっと・・・

ドクター
今日は健診になりますので、レントゲン撮影や治療はしませんよ
診療椅子を倒しますが、仰向けに寝て気持ち悪くなったりした事はありますか?

マリ
大丈夫だと思いますが、長時間はつらいかもしれません

ドクター
分かりました。健診は5~10分ほどで終わりますが、何かあれば、教えて下さい。

マリ
お願いします

<健診後>
ドクター
マリさん、お疲れ様でした。

マリ
ありがとうございます。

ドクター
全体的に汚れが目立ちますね。そのせいで、歯ぐきは腫れていますし、ところどころに虫歯ができていますね・・・。

マリ
そうですか・・・やはり歯磨きをしないとダメですね・・・

ドクター
そうですね。汚れだけでなく、妊娠中は特有のホルモンが出る関係でそれを好む菌が歯ぐきの腫れを誘発していますので注意が必要です。
それに妊娠中に口腔内を不衛生にしていると、妊娠中にも出産後にも赤ちゃんにリスクがありますからね。

マリ
えっ?本当ですか?

ドクター
本当です。生まれたての赤ちゃんの口の中は無菌ってご存知ですか?

マリ
いえ、知らなかったです。

ドクター
では菌はどこから来るかというと、お母さんやお父さんの菌がスプーンや箸などを介して感染しているのです。
この表を見て下さい、これはお母さんが定期検診を受けているか否かでお子さんの虫歯のでき方の割合について表したものです。

image1
マリ
ずいぶんと違いますね

ドクター
これだけではありません。歯周病にかかっていると、低体重児出産のリスクがあがるという論文も出ています。

マリ
ちょっとお口の中への意識が変わってきました・・・

ドクター
赤ちゃんの事にばかり気にかけて、自分のお口の中をおろそかにしていると、虫歯や歯周病にかかったままにしている方を妊婦健診で多くみかけます。
そういった方は出産前後でも赤ちゃんに影響がでやすいという事を分かっていただけたでしょうか?

マリ
よく分かりました。

ドクター
では次に産婦人科でも言われたかもしれませんが、妊娠中はなぜ口の中が不潔になりやすいかについてお話しますね

マリ
お願いします

ドクター
まず妊娠することでホルモンバランスが変化することが原因です。
そうなると唾液が粘り気を持つようになり、食べかすが残りやすい環境になる事や、唾液の量が減ることで口の中が乾燥しやすくなると菌が繁殖しやすくなります。
また妊娠性のホルモンを好む菌が歯肉炎を起こしやすくさせます。
腫れることでさらに汚れが付きやすくなります

マリ
食事以外にも原因はあるのですね

ドクター
そうです。次に食事ですが、まず回数が増えること。
また酸味の物を好む傾向になります。これと悪阻(つわり)による口の中の酸性度が高まり、虫歯になりやすくなります。

マリ
なるほど。言われると酸っぱいものを多く食べている気がします。

ドクター
食事の回数は中期から後期にかけまして胎児が大きくなると胃が圧迫されます。
1回に食べられる量がさらに少なくなりますので、注意しましょう

マリ
それに合わせての歯磨きを行うのはしんどいですね

ドクター
気持ちは分かりますが、口の中を衛生的にするという意識を持つ事が大事です。

マリ
どうしたらいいでしょうか?

ドクター
ルール作りが良いと思います

マリ
ルール作りですか?

ドクター
例えば、「気持ち悪くても必ず寝る前には歯を磨く」
「食べたらすぐにぶくぶくうがいをする」
といっただけでもずいぶんと違うと思いますよ

マリ
うがいぐらいなら出来そうな気がします。今日から実践してみます

ドクター
お願いします。
では今日は健診のみになりますので、以上となります。
次回は歯ぐきが腫れているので、まずブラッシングなどの口腔ケアとなります。その後から順次、虫歯の処置などを行っていきます。
あと、近々で産婦人科に行かれる場合は、担当医にお伝え下さい。
どんな時期でもかかりつけ医の連携は大事になってきますから

<治療日>
ドクター
マリさん、こんにちは

マリ
こんにちは

ドクター
前回からどうですか?

マリ
磨くように心がけてはいますが、磨けない日はうがいをすることで対処しています

ドクター
よい心がけかと思います。意識が変われば行動に移ります。徐々でもいいので、出来るようになっていきましょう。

マリ
はい

ドクター
お口の中も歯垢といった汚れもだいぶ減っています。
腫れていて届きにくい部分やできていない部分は指導し、難しい部分はこちらでケアしますので、頑張っていきましょう。

マリ
はい

ドクター
虫歯などの治療は次回以降となりますが、治療で何か質問はありますか?

マリ
産婦人科医の先生からどのくらいの期間で終わるのか、薬が出るほどの処置になるのかなどを聞かれました。
私自身も知らない事が多いのでできれば教えてほしいです。

ドクター
わかりました。これからの治療内容についてお話していきます。
分からない事心配な事、何でもいいので聞いてください。

マリ
よろしくお願いします

ドクター
お話するのは、治療のタイミング、レントゲン撮影、麻酔、お薬の処方、一般的歯科治療時の注意点です。

マリ
はい

ドクター
まず治療のタイミングですが、原則的に行なってはいけないという時期はありませんが、妊娠中期(5ヶ月~8ヶ月)であればほとんどの方が問題なくできます。

マリ
今の時期なら私はほとんど問題なく行えるんですね

ドクター
そうですね。逆に妊娠中期以外である妊娠初期、妊娠後期は基本的に応急処置が望ましいとされています。
特に妊娠初期は過度に緊張や、或いは長時間にわたる治療は赤ちゃんに負担をかけるので、なるべく避ける様にした方が良いと思います。

マリ
出産後はどうでしょうか?

ドクター
産後1ヶ月以降なら問題ないとされています。
ただ、出産後は育児に追われ、子供の面倒をみてくれる方が他にいないといった理由から、通院できずに放置し症状を悪化させてしまってから受診される方が多いです。

マリ
なるほど、主人しか任せる人が近くにいないので、難しい問題ですね

ドクター
そうですね、産婦人科の先生もより状態を正確に知っておきたいので、妊娠中の歯の治療には必ず母子健康手帳を持参して下さい。
歯科医院側もマリさんの妊娠中の健康状態がよく分かります。

マリ
わかりました。

ドクター
次に虫歯についてですが、虫歯の治療においてよく使うのは何かご存知ですか?

マリ
レントゲンと麻酔と・・・状態によっては痛み止めですか?

ドクター
よく分かっていらっしゃいますね。ではそちらについてお話していきます

マリ
はい

ドクター
まずレントゲンですが、歯医者さんで行われるレントゲンは口に向けて当てるため、お腹に直接当たることはありません。
また、被爆を防ぐ為に鉛のエプロンを首からかけてレントゲン撮影を行いますし、歯医者さんのレントゲンは照射時間も短いので、おなかの赤ちゃんに直接影響する可能性は低いといわれています。
こちらの図は東京都の歯科医師会が発表しているモノになりますので、ちょっと見ていただきましょう。

xray

マリ
放射線って日頃から浴びているんですね。歯科のレントゲンって東京とニューヨークを往復するよりも少ないとは知りませんでした

ドクター
そうなんです。あと、こちらには言葉にはしていないのですが、以前に比べてさらに被爆しないようになったんです。
何故だと思いますか?

マリ
・・・なんでしょうか?

ドクター
機械のデジタル化です。
デジタルのレントゲンでは以前のものより照射量が約十分の一程度で撮影が可能です。
もしの撮影することがあれば、事前にデジタルレントゲンがあるかどうかチェックされても良いでしょう。

マリ
ここの診療所は…

ドクター
デジタルを採用しています

マリ
良かった、安心しました。

ドクター
もちろん安易に撮影はしません。
必要性がある場合に限りますし、説明を聞いて納得がいかなければ遠慮なく撮影を断っていただいてもかまいません。

マリ
分かりました。

ドクター
次に虫歯の治療に入る際、麻酔が必要なことがあります。
一般的に歯科麻酔は局部麻酔のため、通常量の使用量では母子ともに全く影響はありません。
胎盤を通して赤ちゃんの体内へ届いてしまうなんてこともありません。
この麻酔薬妊娠中でも安全に使用できるものですからリラックスして処置を受けましょう。
緊張している事が赤ちゃんに負担をかけますから。

マリ
はい

ドクター
さきほどもお伝えしましたが、虫歯も含めて妊娠中期にはほとんどの治療が可能です。
ただし、抜歯は診療のストレス、投薬の制限などがあり、それらを考慮した上で、治療を心がけています。
そういった事もあり、産婦人科との連絡を密にとりながら治療を行っています。

マリ
産婦人科の先生は大変なんですね

ドクター
そうですね、妊婦さんの状態もひとりひとり違いますからね。
抜歯などは薬を出す必要があるので、そういった場合は妊娠中や授乳中も服用可能な安全性の高い薬を処方します。

マリ
どういった薬でしょうか?

ドクター
抗生剤にはセフェム系やペニシリン系、鎮痛剤であればカロナールが一般的です。
ただこういった薬を出す処置を行う場合は事前に産婦人科の先生にお話ししてから行います。

マリ
分かりました。そういった場合は産婦人科医に聞いてみます

ドクター
そうですね。心配な方は、産婦人科での妊婦健診の際に歯医者さんにいくことを伝え、お薬をもらった場合の相談をしておくことが大事だと思います。
これから言う事は授乳中の話になりますが、授乳中に処置を行い、お薬が処方された場合は投薬してから6時間程度時間を空けてから授乳をするか、前もって取っておいて冷凍保存するなどが、より安全とされています。

マリ
虫歯が見つかって、治療を行うのが先々になるかと思い、不安に思っていましたが、話をきいて安心しました。

ドクター
妊娠中でお口の中をコントロールしていないと、これだけのリスクがあるという事を知っていただけましたか?

マリ
はい、よく分かりました。でも妊娠前にお口の状態を知っておくことはできないのでしょうか?

ドクター
妊婦の方は唾液の変化によって口の状態が変化することは前回お伝えしましたよね?

マリ
はい

ドクター
つまり妊娠前に口腔ケアの指導以外に唾液を知ることで虫歯のなりやすさなどお口の状態について知ることができ、妊娠時の事を考慮した予防・指導などが行えます。
つまり唾液検査を行うことが有効なのです。

マリ
なるほど、だから唾液検査をすすめているのですね

ドクター
そうなんです。将来に備えて、自分のお口の状態を知っていただくために唾液検査をオススメしますよ

マリ
わかりました

ドクター
・・・話が長くなってしまいましたね、質問がなければ口腔ケアを行っていきますが、何かありますか?

マリ
いいえ、大丈夫です。

ドクター
ちなみに前回は倒しての健診を行いましたが、気持ち悪くなりませんでしたか?

マリ
いいえ、大丈夫でした。ただ、長時間はきついかもしれません

ドクター
分かりました。お腹の張り具合、楽な体位を取ってもらいたいので、遠慮なく申し出てください。
妊娠中は急な体位の変換によって立ちくらみを起こしたり、つわりで嘔吐反射が強くなったりします。我慢しないで伝えてください

マリ
わかりました

ドクター
では診療を始めましょう

ブログのアーカイブ